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はっきり言って言い訳です。

Marcel Desailly No. 6 DF
マルセル・デサイー(185cm、85kg、1968年9月7日ガーナのアクラ生まれ、フランス国籍)
屈強でいて柔軟。跳躍力を生かした空中戦やタックルで抜群の強さを誇る。彼の足から放たれるパスは早く、強く、かつ上品である。またラインの統率にも抜群のセンスを見せる鉄壁とも言える世界最高クラスのディフェンダーで、「ザ・ロック」と例えられるほどである。ミッドフィルダーもこなすことができる。フランス代表ディフェンダー。

ガーナのアクラに生まれるが4才の時両親と共にフランスへ移住する。名門ナントのユースチームで育ち86-87シーズンにトップデビューを果たすと、88-89シーズンよりレギュラーとして活躍。その後マルセイユへ引き抜かれ、92-93シーズンのチャンピオンズ・カップ制覇に大きく貢献する。この時決勝で戦ったACミランに翌シーズン途中より引き抜かれ、ミランを去ったライカールトの後継者として不動の地位を確立。2年連続となるチャンピオンズ・カップ制覇と、2度のスクデット獲得にも多大なる役割を果たし、その能力の高さを証明してみせた。
1998年7月14日、460万ポンドでチェルシーへ移籍、同年8月15日、Coventry City戦でのデビュー以来、チェルシー守備の要として活躍。99-00シーズンにはFAカップ優勝に貢献した。しかし、03-04シーズンは若手のジョン・テリーとビリアム・ガラスの台頭により、出場機会が減ることが予想されている。シーズン前、チェルシーとの契約はあと1年残っているものの、クラブ側から「もしデサイーが希望するのであれば移籍金なしでの移籍を許す」と言い渡された。またデサイーは「今なら月に500ポンド(約9万円)でもサッカーをするさ。なぜなら本当に好きだからだ。サッカーが大好きなんだ。練習し、多くを犠牲にすることが出来なければ、それはサッカーをやめる時期ということだ」と述べた。サッカー選手の去り際の難しさを感じてしまうが、是非、好成績を残し、引退の花道を飾って欲しい。

フランス代表デビューは1993年8月22日スウェーデン戦。以後、フランス代表に欠かせない存在となり不動のセンターバックとして君臨、1998年母国開催となったワールド杯では全7試合に出場し鉄壁の守備を見せて優勝に貢献。更に2年後に開催された欧州選手権も制覇した。その後フランス代表キャプテンを務め、高い統率力を見せるも、2002年ワールド杯では攻撃陣の不調から、まさかのグループリーグ敗退となった。
2003年4月30日エジプト戦で代表キャップを104とし、フランス代表歴代最多出場記録保持者となった。2004年を最後に現役引退を表明しているが、2004年6月に開催予定の欧州選手権にて、2002年W杯のリベンジを果たし、代表チームでも引退の花道として欲しい。

そのデサイーが2003年4月、将来について語った。「多くの目標があり、TV、ラジオ、その他にも多くの計画があるが、まずはガーナ代表の監督を務めたい。自分の培ってきた経験を全て与えたい」と夢を語った。また、「監督になるための試験は突破しているが、引退直後は少し休暇をとる。サッカーは多くの犠牲を伴うからだ」と述べた。デサイーが率いるガーナを国際舞台で是非見てみたいものだ。

1986-1987 Nantes   15試合  0得点
1987-1988        11試合  0得点
1988-1989        36試合  1得点
1989-1990        36試合  1得点
1990-1991        34試合  1得点
1991-1992        32試合  2得点
1992-1993 Marseille  31試合  1得点
1993-1994        15試合  0得点
1993-1994 AC Milan  21試合  1得点
1994-1995        22試合  1得点
1995-1996        32試合  2得点
1996-1997        29試合  1得点
1997-1998        33試合  0得点
1998-1999 Chelsea   31試合  0得点
1999-2000        23試合  1得点
2000-2001        34試合  2得点
2001-2002        24試合  1得点
2002-2003        31試合  2得点
John Terry No.26 DF
ジョン・テリー(183cm、75kg、1980年12月7日イングランドのバーキング 生まれ)
背番号26。イングランド代表DF。
空中戦で高く、タックルも強い、1対1で引けを取らないセンターDF。若いながらも冷静にラインを統率し、セットプレイでは重要なポイントゲッターでもある。
リーダーとしての資質も兼ね備えており、今後のチェルシーのキャプテン候補と期待されている。

彼のキャリアはチェルシーのユースチームから始っている。97-98シーズンにトップチームに昇格したが出番なく、翌シーズン1998年10月28日、リーグカップのアストン・ヴィラ戦にて18歳でデビューを果たすと、同年12月26日のサウサンプトン戦にてプレミアデビューを飾った。そしてこのシーズンにはチェルシーのヤングプレイヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。99-00シーズンの終盤6週間を一部リーグのノッティンガム・フォレストで過ごした。翌00-01シーズンにはラニエリ監督に迎え入れられチェルシーに復帰。当時当時フランス代表DFフランク・ルブフの怪我により、出場機会も増え、FAカップのタイトルを獲得し、01-02シーズンより貴重な戦力として活躍している。02-03シーズンまでプレミアリーグ81試合出場5ゴールをあげている。

U-21イングランド代表としては多くの試合に出場し、主将も経験している。フル代表では22歳で2003年6月3日のセルビア・モンテネグロ戦にてデビューを飾っている。それ以前にチャンスがあったものの、2001年同時多発テロ事件の翌日、アメリカ人の出入りするホテルで酒に酔い大暴れする他、2002年1月にはナイトクラブにて暴行事件容疑から裁判沙汰を起こすなどピッチ外で若さを露呈してしまい、代表には選出されなかった。しかし彼の能力は誰もが疑う余地のないところであり、クラブだけではなく、将来のイングランド代表キャプテン候補と目されている。




1997-98 Chelsea    0試合 0得点
1998-99 Chelsea    2試合 0得点
1999-00 Chelsea    4試合 0得点
Nottingham F(rental) 6試合 0得点
2000-01 Chelsea   22試合 1得点
2001-02 Chelsea   33試合 1得点
2002-03 Chelsea   20試合 3得点